<第2章:荒野>

 大陸の西のはずれに広がる広大な森の近くの荒野のただ中で、魔物たちが真昼の太陽の下に身を寄せ合っていた。
 岩のような体表をした巨人が太陽に背を向けて立ちはだかり、高い太陽を遮るわずかな日陰に大きなものが小さなものを守るように密集していた。その中央に獅子の体に人の顔と刺のある尾を持つ魔獣が分厚い皮の翼で眠るリアの体を覆っていた。
 闇の中で転化した吸血鬼の牙を受けたリアにとって、太陽の光は灼熱の白い闇だった。転化の過程で光に当たる時間が長かったためいくらか耐性が高まり体が焼けるまでには至らなかったが、陽光を浴びれば目はまったく見えず力は大きく削がれ、焙られるような苦痛に容赦なく苛まれた。そして消耗した体は激しい渇きに襲われることを免れなかった。
 だから魔物たちはその身をこうして陽光から守っていたのだ。けれど安らぎなき眠りの悪夢からは守るすべがなかった。



 生まれてからアルデガンを出たことがなかったリアは外の世界をまったく知らなかった。彼女は魔物たちをつれて南下した果てに広大な砂漠に出たが、砂漠生まれの魔物たちが棲むべき場所と感じているのを察知したため入り口で彼らを解放してしまった。そして人里が少ないと考え砂漠を突っ切ろうと踏み込んだため、導くものもない彼らはたちまち迷ってしまったのだ。
 そこは地獄だった。苛烈な太陽が容赦なく彼らの体力を削り、吹き荒れる砂嵐が翻弄した。魔物たちは弱いものから倒れ、生き残ったものはその骸を貪りかろうじて命をつないだ。
 果てしなく身を苛む苦痛と己の無知ゆえにこんな地獄へ群れをつれ込んだことへの激しい自責の上に、狂おしいばかりの渇きが重なった。
 ついにリアの意識はとぎれた。これほど苦しみぬいてさえ滅びえぬ我が身を呪ったのが、砂漠での最後の記憶だった。

 やっと意識を取り戻したとき、どれほど時が過ぎていたかさえ全くわからなかった。
 そこはもう砂漠ではなかった。大きな建物の中だった。砂煉瓦の壁も砂岩を敷きつめた床もなにもかもが血にまみれていた。
 魔物たちはいたるところで、元の形がわからなくなったものをひたすら貪っていた。
 なにも覚えていなかった。だが顎がべっとり濡れていた。
 あげた絶叫が悪夢に憑かれた眠りを引き裂いた!



 涙のあふれる目が見開かれ真紅の光を捉えた。地平線に黒々とわだかまる彼方の森の背後の空が一面の朱に染まっていた。
「また……」
 まだ悪夢の中にいる心地でリアは呆然と周囲を見回した。だが自分を守っていた魔物たちが目に入ったとき、数が減った彼らの姿に少女はふと疑問を感じた。
 彼らは解放されなかったわけではなかった。一度はそれぞれに適した場所で解放され同族たちが去ったにもかかわらず、彼女のもとに残ったものたちばかりだった。
 これまではさして不思議に思わなかった。数が多すぎれば獲物を奪い合うことになるから、離れた場所に縄張りを作るのだろうと思っただけだった。
 でも昨夜の若者たちとの遭遇に呼び覚まされた悪夢に苛まれた身には、彼らがつき従うのがいかにも奇妙に思えた。

「……私についてくるのはなぜ?」
 リアは低い声で問いかけた。
「私はあなたたちをずっと苦しめてきた。人の多い場所を避けていくからいつも飢えさせて、あげくに恐ろしい砂漠に迷い込んで多くの仲間を死なせまでした。
 さんざん苦しめてきたはずよ。なのになぜついてくるの?
 ……なぜ、ここまで私を守ってくれるの?」
 応えは返ってこなかった。ただ、とまどったような思念の動きが感じられた。
 魔物たち自身にもよくわからないようだった。

 そこへ彼方の森から妖気に満ちた風が吹き寄せてきた。それはさきほどまでとは比較にならない濃密なものだった。風に乗って森全体がざわめくような気配が伝わってきた。あきらかにただの森ではなかった。
 やがてその遠い風の中、なにかがいきなり現れた。森のはずれに突如として現れたそれは明らかに吸血鬼の気配だった。しかも途方もない妖気を放っていた。どんな相手かまるで見当がつかなかった。
 彼らを解放するどころではなかった。尋常ならざる場所としか思えない。声におのずと決意が滲んだ。彼らを近づけては、これ以上苦しめてはならないと!
「みんなここから動かないで! 私が確かめるから」
 そしてリアはざわめく森へ、魔風に髪をなびかせ歩み始めた。はるか先に待ち受けるものを己が意識で探りつつ。
Sponsored link


This advertisement is displayed when there is no update for a certain period of time.
It will return to non-display when content update is done.
Also, it will always be hidden when becoming a premium user.